2012年05月26日

沖縄少林寺流空手道研究会

広島県内には、錬心舘以外にもヒロシマ命宝会という少林寺流空手道を修行する団体があります。
ひょんなことから命宝会の事務局長であるMさんと知り合う機会があり、演武会があるということなので、先日5月20日日曜日に広島グリーンアリーナで行われた演武会を参観してきました。

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命宝会は沖縄少林寺流空手道研究会に所属しており、研究会は名人キャンこと喜屋武朝徳師の直弟子である故仲里常延師が創始した全沖縄少林寺流空手道協会に所属しています。「徒手空拳」によると先代、保勇先生は仲里常延先生から鎮東と棒術の手ほどきを受けたとのこと。

今回の演武会は東日本大震災を支援する目的で開催されており、全国から沖縄少林寺流空手道研究会のみなさんや友好団体の方々が参加されていました。
沖縄の名だたる先生方から正流七法と徳嶺の棍を習得した後に、組手試合をはじめ様々な改革を行った錬心舘と違い、沖縄少林寺流は型と徳嶺の棍については喜屋武朝徳師が貫かれた無修正主義を踏襲しているので、錬心舘の型とはかなり違いますが、なかなか参考になりました。ある程度年配の方でも修行しやすい型のように感じました。

また少林寺流以外にも沖縄小林流範士の先生方らによる特別演武もあり、60を過ぎておられるとおぼしき方々が演武される型からはかなりの迫力を感じました。やはり武術は年齢ではないのですね。また同じく少林寺流松門会の女性の演武も見ごたえがありました。

演武会では少林寺流七つの型と棒術以外にも様々な沖縄古武術が披露されました。試し割りなどもあり、角材折りなどは初めて見ました。研究会では地域によっては試合も行っているようです。ちなみに隣の武道場ではITFテコンドーの中四国大会も開催されており、少し覗きましたが、黒帯クラスの試合を見ることができなかったのが残念でしたが、足技中心の熱戦を繰り広げていました。

これまで沖縄空手を生で見る機会はなかったのですが、広島でも沖縄空手を修行されておられる方がいらっしゃるのを知り、また間近で技を拝見することができたのはよい経験になりました。今後の自らの修行に活かしたいと思います。






posted by ファイヤーマン at 22:22| Comment(1) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大変お世話になりました。被災地の空手支部に義円金の一部をお渡ししたら、お礼の手紙がたくさん来ました。空手会はこれまで横のつながりが希薄でしたが、震災を機に、大きな壁は崩れたと思います。今後とも交流よろしくお願い致します。手紙をご紹介します。

沖縄少林寺流空手道研究会協議会 宮脇善雄会長

前略
被災地の道場より命宝会あてのお礼状の第一報が私のところに届きました。感動的なものばかりです。
これを読むと、命宝会の皆様の果たしている役割の大きさを実感します。
“絆”の原稿としても活用したかったので無断開封しました。ご了承ください。
皆様から預かった義援金は、八月〜九月かけて、ゆっくりていねいに被災地に届けたいと思っています。
ご了解ください。
皆様によろしく


和道会 宮城県本部 和道会石巻支部
師範 工藤章様

拝啓
この度は、私共和道会石巻支部に多大な義援金を頂き、大変有り難うございました。
心から御礼申し上げます。
御蔭様で当支部の象徴でもある支部旗を新しく作ることが出来ました。
師範である小生はじめ、支部長、そして父母会の皆さんも大変喜んでおります。
大会には、感謝の気持ちをもってこの支部旗を堂々と掲げて、試合に臨みたいと思っております。
(当支部旗は、昨年の東日本大震災で被災し、津波で流失してしまいました。)
父母会の皆さんからの感謝の手紙と新支部旗の写真を同封し、御礼とさせて頂きます。
敬具

阿部恒作様

この度は、義援金を頂きまして有り難うございます。
息子が和道会に入会したのが小学四年生で、高校三年迄道場に通ってました。
現在26才になります。仕事先は秋田県の自衛隊に所属しています。
息子が入会中に会長に任命されてその後も名ばかりの会長をしております。
八年前に脳梗塞になり、言語(失語)と右半身に障害が残りました。一時、道場に通うのも諦めたのですが、六年前に工藤先生、佐々木先生、父兄の皆様に助けてもらいながら週一回道場に行っています。
津波がきた時は、家の中にいたので二階に逃げました。二ヶ月間、妹の家に世話になりその後、アパートを借りて現在に至っています。
家は全壊で解体してもらいました。土地だけは残りましたが、これからどうすればいいのか先の見通しがつきません。
全国の方からの義援金、ボランティアの方々、近所の人達のあたたかい思いやりほんとに有り難いです。
主人は、字を覚えてる血管が壊れたので書く事ができません。代筆して書かせて頂きました。
命宝会の皆様 ほんとうに有り難うございました。

桑島るり 瑠玖様

初めまして桑島と申します。このたびは、まことにありがとうございます。
震災からもう一年以上がたち生活も落ち着いてきた様に思うこのごろです。震災当時は、何が何だかわからない状況で日にちがたつにつれて現実なんだと思い何も考えられない、何もできない日が続き毎日がただ過ぎて行くだけの様な感じでしたが徐々に学校が始まり週に1回ではありますが空手道の練習も始まり少しずついろんな事が前に進んでいる事を感じました。
子ども達も空手道の練習が始まった事で少しずつではありますが生き生きしてきた様に感じます。
震災当時からいろんな方々に助けていただき応援していただき感謝しております。
本当にありがとうございました。

阿部恵美子 和仁 俊充 芳成様

この度 真心の義援金をいただきまして心よりお礼申し上げます。
私たち家族は津波で家に被害をうけ、車も失いましたが全員ケガもなく無事でした。
3人の息子たちの通う中学校、高校も被害をうけ大変な1年を過ごしましたが、この春長男は大学生に、三男は高校生になる事ができました。今は家族でアパートに引っこし、生活も落ちつきつつあります。
震災より1年以上たち、少しずつ復興してきましたが、まだまだです。
支援していただいた皆様に感謝の思いを伝えるためにも、息子たちはこれまで以上に空手を、私たちは笑顔で復興に向け頑張って行きます。

阿部まり子 ななか 照永様

このたびの東日本大震災のお見舞い心よりお礼申し上げます。
我が家は海より1.5キロほどの距離がありましたが、津波により床上1.6メートルほど海水に浸かりました。早めの避難で家族は皆無事でしたが、四日目に家に着いたときは、言葉を失いました。窓が割れ泥が一階部分を覆いつくし思い出も何もかもが一瞬のうちに消えてしまっていました。あまりの状況に何をどうしてよいのか判断つかずに立ち尽くしたのを思い出します。
なんとか片付けしなければと思い少しずつ片付けはじめたとき、空手の道着が衣装ケースの中できれいにのこっていたのです。透明のケースに入れふたをしていたので、海水と一緒に浮き水が引けるとともに戻ったのだと思います。あの時のうれしさは忘れられません。防具の方も洗えば何とか使える状態にありました。水も出ない中、池の水で泥を落とし、飲み水にくんだ井戸の水をかけてとりあえずきれいにしました。
そのような状況の中でも子供たちは、元気でむしろ泥だらけの我が家の片付けを楽しもうとしているようでした。「お母さん、床下収納庫に魚が泳いでいるよ!食べられるかな?(笑)」折れそうになる心を何度となくその笑顔で救ってくれました。
食べることも、飲むことも、眠ることさえも大変な中で笑顔でいられるのは、空手を習っていたからなのかもしれません。連絡も取れない中での空手の先生方や先輩方の無事を祈る気持ちは親の私が見ても胸が痛いものでした。無事でいると連絡がついたときの飛び上がって喜ぶ姿に、空手をしていて本当に良かったと思いました。
命宝会の皆様には、お会いしてお礼を申し上げたい気持ちでいっぱいですが、今も復興の真最中ですので、失礼とはおもいましたがお手紙で申し訳ありません。
いつの日か空手を通してお会いできる日が来ますように頑張ってまいります。
本当に有難うございました。

森岡秋美様

先日は御見舞いを頂きまして誠にありがとうございました。私は震災当時、妊娠しており自宅にて休養をとっておりました。地震直後はまさか津波がくるとは思わず息子が帰ってくるのを待っていました。そこへ実家の家族から「そこまで津波がきている」と知らされ、丁度帰宅した息子と一緒に愛犬をつれて避難し無事助かりました。その後家に戻ると玄関先までの浸水ですみ、実家の家族や同じ支部の阿部さん親子やどこにも行くあてのない子供達に避難所として使ってもらい、恐怖と不安の日々ではありましたが、皆で助け合い過ごしました。
三日後にはやっと主人も職場より帰宅し無事が確認できました。当時、お腹にいた娘も無事産まれ、受験生だった息子もなんとか合格し二人共元気に育っています。
まだまだ地域には震災の爪痕がたくさん残っていますが、皆様からの温かい御心遣いに助けられとても感謝しております。この感謝の気持ちを忘れずに、また元の生活に戻れるように、これからも協力し合い頑張っていきたいと思っております。皆様よりの御友援に心よりお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
関場あつ子 一弘様

初夏の候、皆様にはいっそうご活躍のこととお慶び申し上げます。
この度の和道会石巻へのお心づかいに感謝致しますと共に、空手道を通じてたくさんの方々に励まされ前向きに歩んでいける元気を頂けた事をとてもうれしく思って居ります。
忘れもしない昨年の3月11日・・・これから起こりうる事など何も解らず、いつもと同じ朝を迎え、3月9日から大学の空手道部の合宿に行っている息子がケガのない様にと、神棚を拝み、いつもと変わらない一日を過ごすはずでした。けれど午後2時46分におきた地震、その後の大津波によって私共の生活は一瞬にして変わり住み慣れた街並みも一緒に空手をしてきた仲間や声をかけてくれた流派は違っても良くして頂いた先生を失くしてしまうことになってしまったのです。
震災から一年過ぎた今でも、その日息子が無事だとわかった時の安堵感、これから空手をやっていけるのか・・・という不安だった気持ちは忘れる事はできません。
観光地のようになってしまい、大型バスでたくさんの人が来て、ピースをしながら写真を撮って行く人達を見る度、腹がたち、亡くなったたくさんの方々のご冥福を祈るばかりです。
けれども、支えてくれたたくさんの方々がいる・・・とうのも事実で、その沢山の優しさに助けられ、少しずつではありますが、皆が前向きに生きていけるようになった事、前と変わらず空手の大会に参加し、応援ができるようになった事はとてもありがたく、感謝の気持ちでいっぱいです。
震災を経験して、私が思う空手道とは“勝敗”はついてまわる事ですので大切な事かもしれませんが、それよりも空手道を通じて男女年令をとわず信頼感を築き、勝敗をとわず声をかけあえる人達がたくさんいて、何かあった時には励ましあえる仲間に出会える事、何よりもそれが一番大切だとあらためて思う毎日です。
いつか、命宝会の皆様にお会いして直接お礼の言葉が伝えられる日がくる事を信じ、私共家族の思う空手道を頑張っていきたいと思います。本当に有りがとうございました。
本格的な夏をひかえ、命宝会様のご活躍とご健勝をお祈りいたします。

中学1年 佐藤俊斗様

この度は、僕達和道会石巻支部の為に演武大会を開催し、お見舞金を頂きありがとうございました。
とても立派な支部旗ができて、感謝しています。
今回の東日本大震災では、大勢の人々が犠牲になり、僕達も練習場所や自宅などが被災し、いつも当たり前にあった電気や水道がなくなり、とても不安な日々を過ごしました。
でも、そのなかで僕が気付いた事は、人に対するやさしさやあたたかさ、電気や水道の大切さでした。
震災から一年以上が過ぎて、6月からやっと練習が週1回から、2回に増えました。
僕は皆さんのあたたかい気持ちにこたえる為にも、日々空手の練習に励み、強くなろうと思いました。
僕はテレビや学校で、広島や長崎では、今でも原爆で苦しんでいる人がいるとわかり、これから僕ができることがあれば、やっていきたいと思います。
ほんとうにありがとうございました。
Posted by 宗吉 邦夫 at 2012年08月19日 09:33
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